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佐賀地方裁判所 平成9年(ワ)342号 判決 2000年2月28日

熊本市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

平山泰士郎

東京都中央区<以下省略>

被告

三貴商事株式会社

右代表者代表取締役

右代理人支配人

主文

一  被告は原告に対し、金四九二万五六四一円及びこれに対する平成九年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六一二万六五五四円及びこれに対する平成九年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1及び2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和二四年○月○日生まれ(当年四八歳)で、先物取引に未経験・無知の自衛官である。

他方、被告は、東京工業品取引所等の商品取引員であって、商品取引所法に基づくパラジウム等の商品についての商品取引市場における売買及び取引の受託等の業務を行っている会社である。

2  被告の不法行為ないし債務不履行責任

(一) 平成九年六月一三日、被告社員が突然原告の職場に来訪し、「うちは、先物業界のトップグループに属する信用ある会社です。今、パラジウムが何年かに一度のビッグチャンスになっています。適正価格は四五〇円~五〇〇円であり、これから五〇円も一〇〇円も値下がりするのは確実です。株よりも確実だし、貯金の利子も低い現在、少しでも儲けて息子さんの学資の足しにでもしたらどうですか」。「あなたは初めてだし、これから長い付合いになりますので、少なくとも損をしないよう当社がちゃんとアフターサービスをします。」と申し向けて先物取引を勧めた。

原告は、五枚くらいならという軽い気持ちで取引を始めることとし、同月一六日、三七万円を委託証拠金として被告に渡した。

その後、値下がりして調子がいいとして追加資金の投入を勧められ、同年六月中に合計七〇万円を被告に追加預託した。

(二) ところが、同年七月になってから、被告の説明が急変し、「値が上がってきて、追証にかかっている。このままでは今まで出した金が返ってこないどころか、それ以上の損になる。一八五万円だけ追証金を出してくれ。そのうちに値が下がってくる。そうすればその金も返ってくるので大丈夫だ。本当に一時的な処置と考えてもらってよい。」と言われて、原告は慌てふためき、儲けはさほど期待していなかったものの、底なしの損害は避けようとの切羽詰まった思いから被告の言われるまま一八五万円を追加した。

その後「まだ値が上がっている。両建てにして損を防ごう。」との話しに切り替わり、原告は訳の分からないまま、被告の言うとおりに追加投資をした。原告は、七月以降のそれは、いずれも損を避けるというものにすぎない。

(三) 平成九年七月中から、原告は取引を止めたいと申し出るようになったが、被告は「まだ十分に取り戻せるから」と言って、かえって資金追加を強引に勧めた。原告のたっての願いにより取引が終了したのは八月二二日のことであった。

(四) 商品取引員の顧客に対する忠実義務

商品取引員や営業担当者の顧客に対し負担する義務は、以下に述べる事情から、単なる受託・執行上のいわゆる善管注意義務にとどまらず、顧客の利益に配慮し、顧客に役立つ各種の相場情報を不断に提供し、取引についても顧客に有利な方法を助言指導すべき義務(忠実義務)がある。

(1) 商品先物市場は、株式市場と比べて小規模のため、相場要因の影響が大きく、しかも相場の僅かな変動によっても、投下資金を超える多大な損失を被るおそれがあり、その危険性は株式の信用取引をはるかに上回っていること、

(2) 商品先物市場の仕組みは、法的にも経済的にも複雑であって、これを全くの素人が十分に理解することは困難であるところ、相場の変動に影響を及ぼす各種情報を入手することは、商品取引員にとっては比較的容易であるが、顧客にとってはかかる情報の入手は容易でなく、専ら商品取引員の提供する情報だけを頼りとせざるを得ないこと、

(3) 商品取引員は相場の変動に関係なく顧客からの注文を取り付ければ取り付けるほど、顧客から委託手数料を入手することができる(商品取引員の収入源の八割以上)が、これに対し顧客は、その都度、相場の激しい変動により損失を被る危険に常につきまとわれること、

(4) 商品先物市場における益金と損金は各合計額で一致するため、取引の長期継続により最終的に益金を確保できる確率は、確率論的に非常に低くなるところ、商品取引員に対する委託手数料の支払いをも含めると、顧客が長期的に益金を確保することはほとんど不可能であること、

もとより、委託者が玄人の場合は、被告の主張するとおりであるが、原告が問題にしているのは、委託者が素人の場合である。商品取引員が、それまで先物取引に興味も関心もなかった素人を積極的に勧誘し、複雑で危険な先物取引を開始させた以上は、その素人がやけどしないように配慮しつつ、手取り足取り取引に習熟させる義務がある。日本の立法の不備、行政の監督体制等がなく、悪質な先物取引業者が野放し状態になっている以上は、忠実義務を肯定すべきである。

そして、商品取引員らがかかる忠実義務にことさらに違反すれば、顧客に対する不法行為が成立するのは当然である。

(五) 信義則上の義務(付随義務。債務不履行責任)

商品取引員は、以下の各段階において信義則上の注意義務を有する。

(1) 勧誘段階の注意義務

信義則上も認められている契約締結上の過失の法理にも照らし、商品取引員は、契約勧誘段階から次のような注意義務を負担する。

イ 不適格者を勧誘しないようにする注意義務

先物取引の危険性と複雑性に照らせば、先物取引の新規勧誘にふさわしい顧客は、その危険性と複雑な仕組みを十分に理解するだけの知力と、情報入手及び分析の時間的余裕のある等、一定の条件を満たした者に限られるというべきである。頻繁で輻輳した多額の取引を前提にする限りは原告はそもそも適格性を有しない。

ロ 勧誘にあたり利益を過度に強調しない注意義務

勧誘に当たり、絶対儲かる式の断定的判断の提供が許されないのは当然であるが、先物取引の有する高度の危険性に照らせば、過度に利益を強調した勧誘もまた許されない。

ハ 先物取引の仕組み、危険性等を十分に説明すべき注意義務

先物取引の仕組みは複雑で危険性が高いのであるから、商品取引員は新規勧誘にあたり、その仕組みや危険性を十分に説明しなければならないのは当然であるところ、本件の商品取引員の説明は、先物取引の複雑な仕組みの表面的な部分にすぎず、危険性についても、単に、値が予想と反対に動くこともあり得るというおざなりなものであった。

危険性については、値動きの予想が外れることの危険の他、委託手数料の点まで含めると利益の見込みが五分五分以下になる上、頻繁に取引を繰り返すと、一層不利益となること、委託証拠金以上の損害になる可能性もあること、特に両建てについては、損切りした場合と比べて委託者にとって格別メリットがなく、むしろデメリットがあること等々についても十分に説明がなされなければならない。

(2) 取引継続段階における注意義務

イ 新規取引に当たり建玉を相当程度に限定すべき注意義務

新規取引にあっては、素人の委託者に先物取引の複雑な仕組みと危険性を習熟させる実践的機会と期間を与えることが必要で、例えば三か月の習熟期間内における建玉を二〇枚に制限する例があるが、右趣旨に照らせば、右制限基準に拘らず、習熟させる方向でのより制限的に建玉がなされるようにすべきである(乙第二五号証)。

原告の場合に、右「習熟期間」を当てはめると、平成九年六月一六日から同年九月一五日までであったから、原告の本件先物取引の全期間がこれに当てはまることになるところ、乙第三三号証によれば、取引開始からわずか九日後の同年六月二五日に二五枚の建玉となっている。被告が受託業務管理規則(乙第二五号証)六条に違反することは明白で、被告において、委託者たる原告の資質、資力等を慎重に検討した事実は全く認められない。

ロ 過大な取引を抑制すべき注意義務

先物取引の危険性にかんがみ、その経験のない素人に対しては、商品取引員は委託者がその資力に見合わない遇大な取引をしないように配慮する義務がある。

原告は、半生において蓄えてきた資産を全部失ったのであり、商品取引員はそのような取引を抑制すべきであった。しかるに、被告は、最初は原告の利益追求欲に訴え、ついで投入資金を失うという恐怖心をあおり立てて取引の拡大をはかるのみであった。

ハ 無意味な取引の反復継続により委託手数料稼ぎをしないようにする注意義務

「客殺し」をしようと思えばできる商品取引員においては、委託手数料稼ぎではなく、委託者の利益に沿って行動する義務がある。

ニ 無断売買しないようにする注意義務

かかる義務は当然のことである。

ホ 無敷・薄敷にならないように配慮すべき注意義務

委託証拠金がない、あるいは少ないのに建玉をすると、商品取引員は委託証拠金の入金を委託者に強く迫るようになり、委託者も金銭捻出に躍起になり、ひいては、委託者は冷静な判断ができないようになっていくから、無敷、薄敷にならないように配慮すべき注意義務がある(甲第一三号証、乙第八号証)。委託証拠金は顧客の利益保護のためでもあるのであるから、あたかも顧客の資金便宜のためと見せかけて、委託証拠金の徴収に先行させて建玉をさせることは許されない。

本件の場合、乙第三三号証からも明らかなように、②ないし④の各入金は、建玉に遅れて委託証拠金の入金がなされている。取引の初期段階故、緊急避難的な要素等はなく正当理由なしに、かかる建玉先行をすることは許されない。⑤ないし⑦の委託証拠金の入金も同様に建玉に遅れている。

ヘ 委託者の利益に反する向かい玉をしてはならない注意義務

向かい玉は、そもそもが矛盾行動であり、委託者に対する背信性を示すものである上、商品取引員が建てた玉につき利益を出したいと思えば、畢竟、委託者に対し、適当なことを申し向けて反対玉を建てさせたいとの誘惑に躯られることも問題である。

(3) 取引終了段階における注意義務

委託者の利益本位に行動すべき商品取引員としては、委託者が少なからぬ損を計上し、取引終了を希望するようになったのであれば、委託者に損害回復の見込みがあると無責任に訴えることによって、取引の継続をはかったり、取引の拡大を勧めるようなことがあってはならない。

(六) 客殺しと違法判断の基準

客殺しの手法には、主に、直し、途転、日計り、両建て、手数料不抜け、以上五つの手法がある。

そして、先物取引被害の事件に関し、裁判上確立されつつある違法判断の基準のひとつは、特定の顧客につき、その取引の全体を観察することによって、商品取引員による違法な「客殺し」があったかを見極めようとするものである。もし個々の取引についてその違法性を個別に検討するというのであれば、商品先物取引の相場要因が専門的で多様かつ流動的であるため、商品取引員によって何とでも合理的理由があると強弁されてしまう弊があるが、全体的観察法によれば、もはやそうした言い逃れができなくなるのである。

そうした中、とりわけ無意味な反復売買の判断基準には、特定売買比率、委託手数料化率、売買回転率の三基準がある。

(1) 特定売買比率

「直し」、「途転」、「日計り」、「両建」、「手数料不抜け」という五種類の取引が客殺しの危険をはらむ特定売買であるとみなした上、全取引回数中にこれらの特定売買が占める割合を問題とするものである。

思うに、ひとつの目安として、全取引回数の二割を超えれば、全取引の違法性を推定するというべきである。

本件について、これを見るに、全一八回の取引のうち、特定売買率は八三・三パーセント(重複を除いても五五・六パーセント)である。しかも「直し」が三回、途転は七回、日計りは一回、両建ては四回ある(うち三回は途転との重複)。但し、手数料不抜けはない。

(2) 売買回転率

一か月当たりの取引回数を示すものである。

複雑な商品先物取引の仕組みを十分に理解していない顧客が商品取引員の言うがままに頻繁に取引をさせられている実態を指し示そうとするものである。

思うに、右売買回転率が三回を超えたとき、特段の事情がない限り、顧客は、商品取引員の委託手数料稼ぎの対象とされて、振り回されたと認めるのが相当である。

本件の売買回転率は、一か月当たり七・九四回である。

そもそも素人客の場合、ほとんどが先物取引会社から一方的に与えられる情報に頼らざるを得ず、またその与えられた情報を正確に分析したり、他の情報と比較検討する能力をも持ち合わせていないところ、かかる素人に対し、無責任なアドバイスをして頻繁に取引をさせることは厳に慎まねばならないのであって、本件の売買回転率をみればその違法性は明らかである。

(3) 委託手数料化率

顧客が被った実損害のうち、商品取引員に支払った委託手数料の占める割合のことである。

委託手数料は、取引を重ねれば重ねるほど、顧客の損勘定となるから、素人的顧客に関し、委託手数料化率が一割を超えた場合には、顧客は商品取引員の言われるまま無意味な売買を頻繁に行わされたというべきである。

本件の委託手数料化率は、原告の被った実損害が五五九万四五五二円、委託手数料総額が八六万七一〇〇円であるから、一五・五パーセントであり、一〇パーセントという基準を超過した違法がある。

(4) 向かい玉

被告は、いわゆる光陽グループに属する会社であるが、このグループ内の各商品取引員が向かい玉のテクニックを常時利用していることは周知の事実である。

向かい玉の違法性の要点は、これによって顧客が現実的に損失を被ったか否かではなく、商品取引員が利益を目指して自己玉を建てておきながら、顧客には正反対の玉を建てることを勧めること自体であり、ここに先物取引会社の背信性を見て取ることができるのである。そこでは、プロでも予測に失敗して損を出すことが点はさしたる問題ではない。かかる実体に関し、忠実義務が生まれる素地がある。

なお、そもそも顧客が玄人ばかりの国においては、先物取引会社の建玉と顧客の建玉とは、全く無関係に別次元のものとして、別個独自の思惑に従ってなされるから、忠実義務等は問題にはならない。委託玉が商品取引員の素人客に対する誘導により建てられる場合だからこそ、委託玉と自己玉とは完全に利害が対立し、問題となるのである。

(5) 両建てについて

両建てをする場合、値動きの上下のいずれの動きにも対応する(様子見)ためのものであろうが、しかし、例えば初めの取引を仕切って、その後チャンスと思ったときに新規に仕掛ける態様のものであれば格別、初めの取引を仕切らないまま、様子見をする場合、両建玉のいずれをも良い条件で仕切ろうとしてしまうために、委託者はかえって複雑困難な判断対応を強いられて身動きできなくなり、結局、商品取引員のいうがままに操縦されでしまうことになる。また、両建てをすることは、原告は委託証拠金及び委託手数料をいずれも倍額は支払うことになるから、商品取引員にとっては、利益が大きく、また取引が拡大する分、委託者を意のままに操縦しやすくなるうまみがある。

両建ての不当性は甲第一一、一二号証からも明らかである。すなわち「両建処理は、端的に言えば、ほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すに過ぎない消極的手段であって、局面の好転を計ることは至難に近いことであるから、未熟な委託者にとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得指導すべきである。」、そして「両建ては、双方から証拠金を徴収されなかった時代に、迷ったときに様子を見るために用いたり、追証拠金を準備する時間稼ぎのために用いた手法であって、今日これを行う意味はないのです。」。

(6) 平成九年八月二一日のNo.12の取引は無断取引である。当時原告は全部手仕舞いの意向を示し、現に八月一日以降は取引が縮小していたから、この時点で新規に注文することはない。

(七) まとめ

被告による右一連の客殺しの行為は、初めから客に損をさせる意図がありながら、その意図を秘し、甘言詐言を弄して、先物取引をする積極的な意思も能力もない者を強引かつ狡猾に取引に引き入れた上、投入資金の大部分を失う客の恐怖感を巧みに助長利用して、できる限り多額の委託証拠金を損金名下に巻き上げようとしたものである。結局、被告は、使用者責任(民法七一五条)、あるいは共同不法行為(民法七一九条、七〇九条)による不法行為責任を負う。

3  損害

原告は、被告の不法行為ないし債務不履行責任により、以下のとおり、合計金六一二万六五五四円の損害を被った。

(一) 損金相当損害金 金五五七万六五五四円

(二) 弁護士費用 金五五万円

原告は、本件解決のため、原告訴訟代理人弁護士に依頼せざるを得なかった。着手金及び報酬金を併せて、金五五万円を下らない。

4  よって、原告は被告に対し、不法行為あるいは債務不履行による損害賠償請求権に基づき金六一二万六五五四円及びこれに対する本件不法行為ないし債務不履行の日より後であることが明らかな平成九年八月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は、原告が昭和二四年○月○日生まれ(当時四八歳)の自衛官であること、被告が、東京工業品取引所等の商品取引員であることは認め、その余は知らない。

2  同2の事実について

(一) 同(一)の事実中、平成九年六月一三日、被告社員が原告の職場に来訪し、パラジウムの先物取引を勧めたところ、原告が同月一六日、五枚程度ならということで取引をすることとなり、右五枚につき三七万円を委託証拠金として被告に渡したこと(当時一枚当たりにつき、委託本証拠金が五万四〇〇〇円、臨時増証拠金が二万円の、合計七万四〇〇〇円である。)、追加資金の投入として、同年六月中に合計七〇万円追加して被告に預託したことは認め、その余は否認する。

なお、原告は、他にも、同年六月一九日に三七万円、二六日に三七万円の合計七四万円を被告に預託している。

そもそも取引勧誘の際、被告従業員D(以下「D」という。)は原告に対し、商品取引の基本的仕組みと取引上のリスク及び予測に反した場合の対処方法等につき、日経新聞の切抜きやパンフレット(「商品取引―委託のガイド」、受託契約準則等)、商品データ等を用いながら約一時間にわたって説明したものであり、そして原告も右リスク等を十分に理解して、取引を開始した。

(二) 同(二)の事実中、平成九年七月にパラジウムの相場が急騰し、七月一日に追証が発生したこと、これに対応するため、原告は、同月三日に二五枚建てて一八五万円の委託証拠金(追証拠金ではない。なお、原告本人七三項)を追加して被告に預託したことは認め、その余は否認する。

なお、原告は、それ以後、同月一八日に一〇〇万円、同月三一日に一〇〇万円、同年八月七日に一〇〇万円の各委託証拠金を被告に預託している(全取引期間内の全委託証拠金を合計すると金五九六万円となる)。

各取引にあっては、その都度、被告の商品取引員は、今止めた場合の損失の概算、両建てとして続ける場合の必要な委託証拠金の額を明示して話し合っている(なお乙第三〇号証の一、二)し、さらに原告は、被告に対し数え切れないほど電話したとし(原告本人)、その都度善後策を協議している。

(三) 同(三)の事実中、同年八月二二日に原告と被告との取引が終了したことは認めるが、その余は否認する。

(四) 同(四)の事実(忠実義務)は否認する。

以下に述べるとおり、忠実義務の前提が間違っている。そもそも商品取引員が顧客を儲けさせねばならない義務はない。投機取引の原則である自己責任の原則を忘れてはならない。顧客への情報提供は、商品取引員自らが積極的に申し述べることであれ、顧客から問われて説明することであれ、あくまで、顧客に対するサービスとして任意に行っているものであって、委任契約上の義務はない(なお、乙第一八号証)。

(1) (取引の危険性)

取引のルールの株式と比較して、その危険性を論じてもそもそも意味はない。株式でも危険な取引はあるし、反対に、商品市場においても委託者を取引から離脱させることのできる制度もないわけではない。

(2) (高度の知識)

商品取引員にとって相場の変動に影響を及ぼす各種情報を比較的容易に入手できるか否かは別として、高度の知識を有することと、相場の予測が当たるかは別ものである。また、他方、右取引員は、勧誘の際に、重要な相場の変動要因、情報入手の方法を顧客に告知している。

しかも、日本の委託者の八割が素人筋であり、他方米国では逆に八割が玄人筋であるにもかかわらず、両国の相場は、類似の傾向を見せているのであり、右はむしろ専門家の特別な知識がなくとも、海外市況、為替、過去の値動き、日常の新聞等によって、一般人が入手する範囲の情報でも十分に取引に参加できることを示している。

(3) (商品取引員の委託手数料獲得と顧客の立場の不安定性)

商品取引員は顧客から委託手数料を取得するのは契約上当然のことであり、また他方、顧客は危険を承知の上で取引を行うことを承諾しているのである(乙第一号証)。

(4) (顧客の利益獲得の困難性について)

個々の顧客が利益を上げるか否かは確率論では決まらず、百戦百勝もあり得るし、百戦百敗もあり得る。それが相場というものである。

(五) 同(五)の事実は否認する。

原告被告間の契約は、委任契約(委託契約)であるから、被告は原告に対し、善管注意義務ないし報告義務を負っていることは認めるが、被告は右義務に違反した事実はない。

(1) 勧誘段階の注意義務について

原告は本件先物取引の不適格者ではない。陸上自衛隊のa課長で二佐の高位にあり、経済知識についても、金利差を考えて自宅ローンの借換もしており、損得の算数的な計算能力はあったし、もし判らなければ聞くという知識もあった。資金も人生プランの以外の余剰資金で行うものであることも認識していた。

原告は、本件取引が「頻繁で輻輳した多額の取引」であるとするが、何を以てそのように言えるのか、具体的な根拠が明らかにされていない。

原告は、本件先物取引の危険性を認識した上取引に参加し、最高五〇枚の建玉の危険性を認識して取引したのであるから、原告自身がその判断の責めを負うのは当然である。

(2) 勧誘に当たり利益を過度に強調しないようにする注意義務について

被告が原告に断定的判断を提供して勧誘した事実はない。被告は、前記のとおり、本件委託契約締結前に、商品先物取引委託のガイドや受託契約準則等の法定のもののほかに日経新聞、値動きを表した罫線を示して損益の計算方法を例示し、先物取引の危険につき開示をし、かつ相場の予想が外れた場合の説明をもしていた(乙第六号証)。現に原告本人尋問の結果によってもこの点は理解を示しているし、取引開始も、商品取引員による右説明から三日後のことであったから、熟慮期間はあった。

原告が新規取引者であることは認めるが、それまで知らなくとも、説明を聞き興味を覚えれば更に高度な説明を求めるのが常であって、また興味も関心もなかった者が取引に参加したことを以て「利益の見込みを過度に強調した」とはいえないから、原告のこの点の主張は的外れである。

(3) 取引継続段階における注意義務について

被告は社内規則において、新規委託者の顧客管理を行っているところ、先物取引開始から三か月未満の顧客であっても、委託者の要望により、社内審査で取引をさせることが相当と認められる場合には、二〇枚を超える取引ができる。この点、原告は、その年齢、職業、地位等に照らせば、二〇枚を超える取引をさせるにつき相当ではないということはできない。

(六) 同(六)の事実(客殺し)は否認する。

原告の主張するいわゆる客殺しの手法については、いずれも理由のある合理的な手法であって、被告が委託手数料稼ぎのために顧客を食い物にしたなどという事実はない。

確かに、取引所指示事項によれば、「委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な取引を勧めること」を禁じ、これによれば、委託者の無知に乗じて必然性のない取引を勧めることは許されないが、しかし委託者が理解して主体的に注文したものの「受託」を禁じた趣旨ではそもそもない。

また、無断売買も全面的に禁止されているわけではない(受託契約準則一五条三項、一六条二項、二二条、二五条)ところ、本件においてはかかる無断売買の事実はない。

(1) 特定売買比率

違法判断の目安であるとされる二〇パーセントという数値についてはそもそも根拠がない。市場平均、全取引員の加重平均と対比して決せられなければならない。

本件の原告についていえば、特定売買比率は、平成九年六月が五〇パーセント、同年七月が三七・五パーセント、同年八月が、二五パーセント、合計三五パーセントとなっている。

(2) 売買回転率

原告の主張する定義は正確ではなく、「売買回転率」「取引回数」とはおなじではない。売買回転率とは、当該月に建玉して決済した売買が何回行われたか、である。平均建玉日数を月の平均営業日数で除した数値をいう。

本件の原告についていえば、売買回転率は、平成九年六月が二・三、同年七月が二・〇、同年八月が、二・七、合計二・六となっている。

(3) 委託手数料化率

原告は委託手数料化率を「客の被った実損害のうち商品取引員に支払った委託手数料が占める割合」とするが、そもそもその定義が間違っている。本来「月末の証拠金残高に占める当月の支払手数料の比率」のことを指す。委託証拠金という顧客の財産が、どれだけ商品販売員の財産、委託手数料に転化させたか、という指標である。

本件の原告の場合、委託手数料化率は、平成九年六月が七・五パーセント、同年七月が八・一パーセント、同年八月が、三・九パーセント、合計六・一パーセントである。

(4) 確かに向かい玉の行き過ぎを防止するために、自己規制のルールがあるとはいえ、あくまで自己規制であって、禁止ではない。自己玉による向かい玉は必ずしも委託玉を害するものではない。

かつて社会的批判を受けた向かい玉は「小口落とし」制度の禁止により、実質的に存在しなくなった。貴金属市場においては、向かい玉は物理的に不可能である。

そもそも相場の正確な予測は不可能であるから、「益の高度に見込まれる」自己玉に対向させて「損が見込まれる」委託玉を建てさせるなどということはないし、そのようなことは机上の空論である。

(七) 同(七)の事実は否認する。

原告において、客殺しのために用いられると主張する各手法については、そもそも客殺しではなく、如何なる法令でも禁止されているものではない。とりわけ向かい玉においては今や理論上も現実的にも存在しないものである。

3  同3の事実は、否認する。

なお、原告は、平成九年六月一六日から同年八月二二日までの間のパラジウムの先物取引の結果、

(一) 売買差損金 金四六八万一五〇〇円

(二) 委託手数料 金八六万七一〇〇円

(三) 諸税 金四万五九五二円

の合計金五五九万四五五二円の損金を計上した。

そして、前記全委託証拠金の合計額五九六万円から右損金を控除した残額については、被告は、平成九年六月三〇日に一万六四六四円、同年八月二九日に金三四万八九八四円を原告に返還することにより全て精算済みである。

よって、原告被告間の債権債務は存在しない。

三  原告の反論

1  被告は、日本の商品先物市場の委託者のうちの八割が素人筋であり、米国のそれと正反対(八割が玄人筋)と主張するが、そうしたこと自体、いかに日本の市場がゆがんでいるかを如実に表しているというべきである。プロである商品取引員ですら損失を被ると被告は主張するが、にもかかわらず、商品取引員が素人に向かって、「儲かります」「今が絶好のチャンスです。」などと安易な言を申し向けて、商品先物取引に引きずり込み、かつ「追加入金をすれば、損を取り返せます」と安易なアドバイスをしては、その資産をむしり取り、その挙げ句に先物市場から追放するのである。

しかも、実に一〇人中八人が損失を計上して先物市場から去っていくのである。どのような統計調査をしようが、素人につき百戦百勝などということは確率論的にはあり得ない。

なお、被告は、原告が取引を開始する際、危険を承知で取引に参入する旨の承諾書を取り付けたとするが、被告も認めるかくも難しい先物取引について、一片の承諾書を取り付けたからといって、そもそもいかばかりの意味があろうか。

先物取引は、情報に基づき予測を立て、その予測を基に決断するという一連の判断過程において、そもそも日常自分の仕事に忙殺されている素人の委託者にとって、その判断の出発点となる情報につき、主体的に収集することは難しいばかりか、商品取引員からの情報を分析する余裕すらない。このように商品取引員の出してきた情報を、未分析のまま、基礎・前提とせざるを得ない以上、その判断が主体的であることはあり得ない。

2  先物取引業界の特殊性

先物取引業界と証券業界とを比較した場合、委託者数は、前者が一〇万人しかいないのに対し、後者は一九〇〇万人存在するところ、一人の委託者が一年間に支払う委託手数料は、証券業界においては八・六万円であるのに対し、先物取引業界においてはなんと三一二万円にも及び、さらに先物取引業界においては委託者全体の約八割が損失を計上している(甲第八号証)。しかも残りの約二割の委託者においても、アンケート時の集計結果であるから、その後の取引の継続により損失に転換することもまれでなく、結局は身ぐるみはがされて先物取引市場から追い払われるという実態にある。

そして被告が先物取引業界に占める地位や性格も、例えば従業員一人あたりの営業収益、同受取委託手数料、委託手数料比率を検討すれば(甲第一、九、一〇号証)自ずと明らかである。

3  客殺しの素地について

商品取引員は、委託手数料で営業費用等をまかなわねばならないところ、顧客のほとんどが素人筋である日本の場合には、委託手数料を稼ぐために、顧客管理を徹底し、取引を長期間継続させるとともに取引を頻繁にさせるべく、社員の人的態勢を増強する必要があり、そのために一層営業経費等がかさむことになって、かつ右経費等をまかなうために、素人に対し強引に取引を継続的かつ頻繁にさせるように仕向けなければならなくなるという悪循環が生まれる。ちなみに顧客が玄人筋が多い場合には、顧客管理費用はより少なくて良いことになるから、商品取引員として委託手数料稼ぎに走る必要はなくなるし、また相手が玄人なだけにそもそも委託手数料稼ぎができない。

4  過失相殺は否定されるべきであること

なお、本件が被告の詐欺的意図に基づくものである以上は、安易な過失相殺を適用することは相当でない。安易な過失相殺は悪質な先物取引業者に利益をもたらし、その立場を社会的に温存させる弊がある。そもそも詐欺的商法に引っかかったにすぎない原告に対し、その詐欺性を見抜けなかったことを以て過失相殺の法理を適用するのは被害者にとって余りに酷である。

のみならず、被告は、別紙パラジウム約定差金表からも明らかなように、原告に勧めた建玉と反対の向かい玉により利益を上げているという背信行為が認められるにもかかわらず、過失相殺しなければならない理由はなく、原告の被った損失の全額に相当する被告の利益を原告に対し吐き出すのが相当である。

被告や商品取引員は向かい玉(広義)や委託手数料稼ぎを意図しながら、表向きには顧客の利益増大、損失回避の名目を掲げては、専門用語を駆使して原告を煙に巻き、原告にとって無意味で無利益な取引を反復継続させ、さらには、原告が取引終了の希望を表明しても、ある時はその希望を撤回させ、ある時はその希望を無視して取引を継続したのであって、この場合に過失相殺を適用するのは決して相当でない。

確かに、原告が全部仕切りを断固として実行すれば、商品取引員の強引な勧めがあろうとも取引はその時点で終了するから、そのようにずるずると取引を継続した原告の過失により損害が拡大したと見る立場にあろうが、素人の原告にとって、専門家たる被告商品取引員から「全部一度に仕切ると損が大きくなる。少しずつ切っていった方が良い」とアドバイスされると抵抗のしようがない。被告に仕切回避の違法があることは、平成九年八月二一日の無断売買の事実に照らし明らかである。

四  被告の再反論

1  商品先物取引は、当該商品が将来値上がりするか値下がりするかの予測を立てて、右予測に基づいて「売り」か「買い」かを選択するものであって、競馬や競輪に比べれば、その選択肢は極めて少ない。

2  原告は、日常の仕事に忙殺されている素人において商品取引員の表面的な説明を聞いたりする程度では理解できない旨主張するが、商品取引員の説明を聞いて、興味も理解もしないまま、大切な財産を商品取引員に預託する者などはいない。

原告は、顧客において先物取引につき、「理解」が必要だとするが、しかし、例えば自動車の構造や全てのメカニズムが理解できなければ、財産はおろか生命の危険もある運転免許証を交付しないなどということになるものではあるまい。

商品取引員は、日常的に預託者に対し、相場情報を提供している上、委託者自身も、自分の預託金につき無関心ではいられないから、常に商品取引員に市場の現況を問い合わせ、新聞の市況欄を読み、乙第四号証別冊記載のテレホンサービスを利用して自ら情報収集しているのが常である。そもそも敢えて危険性を伴う投機取引に自らの判断で参加している以上は、右程度の情報収集努力は委託者自身に課せられた義務である。

3  日本における先物取引市場は、日本の委託者層や市場機能の実状に応じた様々なルールと自主規制等を設けて市場運営を行っている。もちろん信義則に反する行為の取締りも自治組織によりなされている。

4  原告は、先物取引業界と証券取引業界とを比較しているが、そもそも両者の本質的な差異を無視した議論であって採用できない。二〇パーセントの勝者は、八〇パーセントの敗者とのかねあいで存在しているものである。苦情の割合も平均委託手数料五億六七〇〇万円につき一件と少ない。

5  委託手数料獲得について

委託手数料獲得に商品取引員が関心がないわけではないが、しかしながら、そのことが直ちに客殺しに繋がるものではない。委託者がもし取引毎に利益を出したとしてもなお、委託手数料は増額するのであり、商品取引員は常に委託者の利益に務めているのである。委託手数料獲得の意欲と客殺しとは何らの関係もないというべきである。

6  原告は、利益を得ている時も追加の資金を投入しているし、損失を回復させるためにもまた、資金を投入している。本件の原告の場合、取引の経過の中で結果の悪くなるに従って感情的にも悪化したものにすぎない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  当事者間に争いがない事実及び付随的事実

1  原告は、昭和二四年○月○日生まれ(当時四八歳)で、先物取引に未経験・無知の給与生活者である。

他方、被告は東京工業品取引所等の商品取引員であって、商品取引所法に基づくパラジウム等の商品についての商品取引市場における売買及び取引の受託等の業務を行っている会社である。

(以上、争いがない)

2  平成九年六月一三日、被告社員が原告の職場に来訪し、パラジウムの先物取引を勧めたところ、原告が同月一六日、五枚程度ならということで取引をすることとなり、右五枚につき三七万円を委託証拠金として被告に渡した(当時一枚当たりにつき、委託本証拠金が五万四〇〇〇円、臨時増証拠金が二万円の、合計七万四〇〇〇円である。)。

なお、原告被告間の契約は、委任契約であるから、被告は原告に対し、善管注意義務ないし報告義務を負っている。

(以上、争いがない)。

3  なお、平成九年六月一三日の取引勧誘の際、被告従業員は原告に対し、商品取引の基本的仕組みと取引上のリスク及び予測に反した場合の対処方法等につき、日経新聞の切抜きやパンフレット(「商品取引―委託のガイド」、受託契約準則等)、商品データ等を用いながら約一時間にわたって説明した。なお、取引開始当初、乙第六号証の書面も渡している(E、D証言、弁論の全趣旨)。

4  取引開始から二か月余り後の平成九年八月二二日、原告と被告との取引が全て終了した(争いがない)。

5  原告は前示4の二か月余りの取引期間中、別紙売買状況分析表(乙第三三号証)記載のとおり、合計三〇回の取引を行ったものであるが、取引開始からわずか九日後の同年六月二五日に二五枚の売り建玉をし、同年七月三日には買い建玉二五枚、この時点で全取引期間の最高で合計五〇枚の建玉をした。

また、右全取引期間中、両建てをしたのが四回、日計りが一回、直しが二回となっている。

右取引の期間中、平成九年六月二五日の段階では、約七〇万円程度の利益が出たものの、それより後は、同年七月二八日、同年八月一日、同月一一日の三回の取引を除き、その取引の全部につき損失を出した(後示7)。

(以上、乙第三三号証、原告本人)

6  原告は、追加資金の投入として、平成九年六月中に七〇万円追加して被告に預託したほか、同月一九日に三七万円、同月二六日に三七万円の合計七四万円を被告に預託した。

その後平成九年七月にパラジウムの相場が急騰、同月一日に追証が発生したところ、これに対応するため、原告は、同月三日に二五枚建玉をして一八五万円の委託証拠金(追証拠金ではない。なお、原告本人七三項)を追加して被告に預託した。原告は、それ以後、同月一八日に一〇〇万円、同月三一日に一〇〇万円、同年八月七日に一〇〇万円の各委託証拠金を被告に預託したものであって、全取引期間内の全委託証拠金を合計すると金五九六万円となる(乙第三三号証―「預かり証拠金」欄の六七〇万円から七四万円を差し引いたもの)。

7  原告は、前項の先物取引の結果、

(一)  売買差損金 金四六八万一五〇〇円

(二)  委託手数料 金八六万七一〇〇円

(三)  諸税 金四万五九五二円

の合計金五五九万四五五二円の損金を計上した(乙第三三号証)。

そして、前示6の全委託証拠金の合計額五九六万円から右損金を控除した残額につき、被告は、平成九年六月三〇日に一万六四六四円、同年八月二九日に金三四万八九八四円を原告に返還した。

二  原告及び被告間の先物取引の交渉経緯その他前提事実等

1  原告の地位、置かれた立場境遇等

原告は、b大学を卒業して自衛隊に勤務し、現在陸上自衛隊のa課長で二佐の地位にある(原告本人によれば、原告の地位は、下から数えた方が早く、同期の中では最下位である)。金利差を考え自宅ローンの借換えをしたことがあったが、株式取引等の経験はなかった。右補給処に勤務するまでは、ほとんど外部との接触がない仕事をしていた(原告本人)。

2  自衛隊員に対する勧誘

(一)  D証言によれば、原告を先物取引に勧誘したのは、かねがね上司から「自衛隊の人は面白いのではないか」と言われていたこと等があったこともきっかけであった。

(二)  もっとも、右に関し、自衛隊員に先物取引を勧誘した理由として、D証言によれば、自衛隊の人は民間とはまた違った教養を兼ね備えている方々だからとしている。

(三)  しかし、知能や理論的な理解力等はともかくとしても、後示三のとおり、そもそも株式市場にも増して、とりわけ市場経済に関し極めて経済的合理性に富んだ判断が要請される先物取引に勧誘するにつき、市場経済原理等からはむしろ隔絶されているといって良いような、(いわば純粋培養的な)閉鎖的な組織内に生きる自衛隊員を対象とすることについては、一般的に言えば、的外れである。

(四)  この点、原告は、その属する自衛隊と被告との間に、今後一定の信頼関係が持てればと思っていたのであり(原告本人)、右D証言は、先物取引の適任者という趣旨ではなく、せいぜい右原告の述べる趣旨として意味があるにすぎない。

3  余剰資金

(一)  なお、被告は、原告の先物取引の資金は人生プランの以外の余剰資金で行うものであったとし、D及びE証言はこれに副う供述をする。

(二)  しかし、余剰資金の有無につき、Dは、原告は自衛隊員であることを知りつつ、取引のための資金的余裕について具体的にはよく確かめていない上、子どもが三人いて、その内大学に進学予定の子どもがいることも認識していたから(D証言)、原告において今後相当額の学費等が必要であることは容易に知り得た。従って、原告が仮に取引は余剰資金の範囲内でやる旨述べていたとしてもなお、右被告の主張は理由がない。

4  勧誘状況

(一)  平成九年六月一三日、被告社員が突然原告の職場に来訪し、「うちは、先物業界のトップグループに属する信用ある会社です。」「これからも飛躍が十分期待できる」「今、パラジウムが何年かに一度のビッグチャンスになっています。これから値下がりするのは確実です。株よりも確実だし、貯金の利子も低い現在、少しでも儲けて息子さんの学資の足しにでもしたらどうですか」、「我々はプロです。」、「あなたは初めてだし、これから長い付合いになりますので、少なくとも損をしないよう当社がちゃんとアフターサービスをします。悪くなったら直ぐに止めてもらいます。」「状況が相当に悪ければ損することもありますが、その後が続いておりますんで、我々に任せてもらえば少なくとも損をすることはございません。安心して任せて下さい。」などと申し向けて原告に対し、先物取引を勧めた。また、Dは、「契約が成立すれば、非常に私の会社の中でも信用が上がる。私を男にして下さい」などと被告に申し向けた。

(二)  原告は、少なくとも損はさせないとのことであり、また男気を買われたことから、五枚くらいならということで、先物取引を始めることとした。

(三)  そもそも自衛隊員は、組織における任務を遂行するには、上司や部下を信頼しなければ成り立たない世界に生きる者であり、本件の場合も、被告の商品取引員を信頼したからこそ取引に入ったにすぎず、そういう経緯で始めたこともあって、損するよりは儲かった方がよい位には思っていたが、大きく儲けようとするまでの意思はなかった(原告本人)。

(四)  この点、被告は、商品取引員において前段のような発言をした事実はない旨主張するが、しかし前示1、2の各事実や甲第六号証の平成九年一〇月二日付け電話内容、その他乙第三号証にも照らせば、被告において原告に対し、前段の趣旨の申し向けをしたことは疑いがないというべきである。

5  取引の手仕舞い等

(一)  平成九年七月中から、原告は取引を止めたいと申し出るようになったが、被告は「これからいくらでも取り戻せる」「任せてくれ」「一枚からでも取り戻せる」「両建てにしておけば少しずつ取り戻せる」と言うので、Dに対する信頼等もあって、なかなか止めるに止められなかったし、また、Eに対し、取引を打ち切ってくれと申し向けても「切っても更にお金がいる。要するに相手のある話しだから、例えばこちらが売りたいといっても買い手がいない場合にはさらに状況が悪くなる」などと申し向けて、結局被告は、原告に両建てを勧めて取引を止めさせようとはしなかった(原告本人、甲第六号証)。

(二)  なお、右に関し、原告は、平成九年七月二八日及び同年八月一日には原告は利益を計上しているとはいえ、しかし同年七月二八日より前は、損失が続いていたこと、同年八月四日には五〇〇万円以上の損失を計上し、その後も損失続きだったところ、損失を拡大させないために両建てをするとのことだったのに、それが必ずしも機能していないことなどにも照らせば、原告が取引を止めたいとの意向を示したにもかかわらず、被告の右「いくらでも取り戻せる」等の勧めにより、損を取り返せるのであればと考え、取引を継続したものと認めるのが相当である。

(三)  以上に対し、被告は各取引につき原告に対する説明として今止めた場合の損失等について説明したとする。しかし仮にそうだとしても、プロである被告商品取引員において、今止めなくとも今後十分に取り戻せる旨を申し向けたからこそ、その言葉を信頼して、そのまま取引を継続したというべきである。

三  信義則上の付随義務について

1  先物取引の市場及びその危険性等

(一)  先物取引業界と証券業界とを比較した場合、委託者数は、前者が一〇万人しかいないのに対し、後者は一九〇〇万人存在するところ、一人の委託者が一年間に支払う委託手数料は、後者においては八・六万円であるのに対し、前者においては三一二万円にも及び、さらに前者においては委託者全体の約八割が損失を計上している(甲第八号証。なお、先物取引の場合、資産保有的側面に欠け、投資した資金を全て失ってしまう危険性があるという意味でも、株式とは異なる。)。

(二)  被告は、先物取引の場合、百戦百勝もあれば百戦百敗もあり得るとしているところ、少なくとも素人の顧客において、例えば数年間にわたって終始百戦百勝をし続けることが可能かについては甚だ疑問が残る上、そうした素人客の百戦百勝等の実例につき、これを認めるに足りる証拠はそもそも全くない。

(三)  かえって、原告は、わずか二か月余りの取引にすぎないにもかかわらず、数百万円という多額の損失を計上しているのであって、そのまま取引を続ければ続けるほど、損失を急速かつ莫大に膨らませる危険も十分ある。

(四)  要するに、そうした先物取引を続けた場合、顧客個人が処分可能な財産(公務員等の一般的平均的な家庭の場合には、さほど多いものではない)が僅かな期間のうちに失われることはもとより、これを取り戻そうとして無理をする余り、結局、右処分可能な財産をはるかに超えて、家族の資金を利用する羽目になったり、あるいは周囲に借財するなどした挙げ句、その稼働能力に照らし返済ができない状態になっては、家族等に多大な経済的打撃を与え、あるいは家庭崩壊等を招く危険性が高い。

2  被告と素人顧客との専門的能力及びノウハウ等の違い

(一)  別紙パラジウム約定差金表からもうかがわれるように、被告は、自己玉の取引を通じ、個人の顧客とは異なって、原告の取引期間を通じてほぼ一貫して利益を出し続けていることが認められ、少なくともこの種パラジウム先物取引については、かなりの専門的知識と経験、ノウハウを有するというべきである。

(二)  この点、被告としては、先物取引会社でも、百戦百敗もあり得ると主張するものと思われるし、確かに大半のプロ中のプロですら全くもって予想だにできない突発的な異例の事態も起き得ないとはいえないであろう。しかし、通常的一般的に言うなら、むしろ自己玉は、顧客からの委託手数料による収入とともに、被告の重要な収入源となっていると思われる。本来利潤の追求を目的とする被告の性格に照らしても、損失を計上し続けるような危険な事態に至ってもなお、自己玉を建て続ける(取引を継続する)などという事態は、やはり一般的には想定しがたい。してみると、被告の場合、素人の顧客とは異なって、損失の危険をより素早く察知するなどした上、とりわけ手仕舞いや切上げ時の判断等に関し、少なくとも損をし続けない、拡大させない程度の専門的ノウハウ等は有するというべきである。

(三)  もっとも、被告には、委託者個人よりも右専門的知識等を現に実践するだけの資金的余裕があり、かつ取引の規模も個人の委託者とはそもそも異なっている可能性もないわけではない。

しかし、前示したところに照らせば、少なくとも個々の素人の顧客と比べれば、格段に専門的知識と経験、ノウハウ等を有しているはずであるし、また本件の原告については(仮に本件において原告の能力が遺憾なく発揮されたとみなしてもなお)、前示一5、7のとおり、委託手数料のマイナス分を度外視しても、取引期間中多くの取引が損失に終わっており、被告の利益獲得状況とは際立った違いを見せているのである。

(四)  結局、被告は、利益獲得、少なくとも損失拡大等の回避などにつき、原告を含む素人の顧客と比較すれば、はるかに専門的ノウハウを有していることは疑いがない。そしてこのことは、被告が最終準備書面において縷々主張する点をも考慮してもなお、基本的に左右されるものではないというべきである。

3  被告の勧誘及び指示

(一)  原告本人尋問の結果、D証言、E証言、弁論の全趣旨(被告の主張等)によれば、被告の商品取引員は、少なくとも原告が利益を出すように積極的に配慮努力するとの前提で、これまで先物取引等の経験のなかった原告を勧誘した上、かつ個々の取引につき助言と指導していたことは優に認められる。

(二)  被告はこの点、原告の全ての本件取引につき、最終的には原告の自由なる意思と判断に基づいてなされた旨主張するが、しかし、いずれにせよ、被告において、少なくとも原告の取引に関しその利益獲得のために配慮・努力する趣旨で、毎回の取引につき、助言と指導等をしていた(原告本人尋問の結果によれば、原告は、取引期間中、被告に対し何度も架電しては指示や助言を仰いでいた)ことは疑いがない。

(三)  のみならず、素人顧客においては、例えば損失を被ったときには、例えば長年かかって貯めた大切なお金を突如失った衝撃のため、何とかして取り返そうとして精神的に困窮状態に陥ってしまい、判断の難しさとも相まって、商品取引員に縋らざるを得ず、かつ取引を止めるに止められない心理的状況になりやすく、とりわけ例えば一旦取引開始の最初の段階に利益を出した後、そのまま取引を継続したところ、突然損失を出すに至った場合には、心理的には、一層、取引を止めにくくなると思われるが、そうしたことは、商品取引員においてもとより重々知っているはずである。

(四)  ちなみに、原告本人尋問の結果、D、E各証言、弁論の全趣旨によっても、原告の本件における全取引中、原告が被告の助言や指導等及びその影響を全く受けることなく、そもそも自らの独自の考えと判断に基づいて取引をした例、換言すれば、被告の商品取引員において、原告の独自判断に対し何らの意見等をも差し挟むことなく、ただ単に、これをそっくりそのまま尊重して会社に取り次いだにすぎないなどといった類の取引をした例は何ら認められない。

(五)  要するに、かかる取引に関しては、顧客は顧客、被告は被告というように、両者の関係を完全に切り離して別個に論ずること、換言すれば、顧客の自己責任の点ばかりを重視して論ずることはもとより相当でない。

4  まとめ

(一)  以上を要するに、よほどの専門的知識等を有しない限りは、利益を上げ続けることが極めて困難で、一歩間違えば、損失を取り返そうと焦る余り、ずるずると雪だるま式に損失を計上、膨らませ、周囲にも多大な経済的損失を与える等の可能性も十分にあるという意味で、株式取引と比較しても、著しく危険性の高いと思料される先物取引に関し、被告において、力量の全く違うと認められる素人の個人客に対し、積極的に勧誘をしかつ毎回の取引につき指導助言等をするという形態で誘因している場合においては、例えば、米国市場等の場合とはそもそも異なり(米国の場合、玄人の顧客がほとんどで、しかも先物取引会社の商品取引員が勧誘・助言等をする余地のほとんど認められない)、本件のような素人の顧客と商品取引員とは、本来一定の強い信頼・協力関係の上に立脚して各回の取引を行っているというべきであって、その意味で、両者の契約関係は、信義則によって支配されかつ結びついているといわねばならない。

(二)  そしてそうだとすれば、かかる商品取引員は、素人顧客に対しては、取引の開始時における徹底かつ具体的な危険開示は当然として、終始素人顧客の利益に貢献しかつ損失を回避するように、その時々における最も確実で正しいと判断できる客観的資料に基づいて、誠実に指導助言等をする、いわば誠実義務、真実義務があるとともに、さらに取引を終了させるか否かの点等も含め、一連の各取引の全ての場面において、可能な限り素人顧客のためになるように配慮すべき信義則上の付随義務が認められるのであり、右義務に違反した場合には、債務不履行として、顧客の損失につき損害賠償責任を負うというべきである。

なお、E、D各証言によれば、原告に対しては、あくまで私的なアドバイスをしたにすぎない旨供述するが、以上に照らせば、これをもって、被告あるいは右商品取引員の態度が正当化されるものではない。

(三)  してみると、被告は原告に対し、一定の信義則上の付随義務を負っているというべきであるから、これをまさに具体化・明確化、定式化したものとして、例えば原告主張の各種具体的義務があると認めることは十分に可能であるというべきである。

5  被告の主張について

(一)  以上に対し、被告は、顧客のする取引は、自由なる意思表示に基づくとする。

(二)  しかし、このことと、被告のような先物取引会社において、一連の信義則上の付随義務を負うこととは全く別問趣である。

(三)  のみならず、かかる義務等については、例えば一定の取引の結果、不利益を被り、あるいは困窮するに至った者等に対する保護の規定は、消費者保護立法その他の法令においてもまま認められるところであって、自由意思による取引だからといって、これに基づく損失は、その意思表示をした者だけが必ず負担しなければならない(反対から言えば、自由取引だから、相手の甚大な損失にもかかわらず、右取引を積極的に勧め、誘導したことにより利益を得る者の立場は完全に保護されなければならない)結果になるものではないから、少なくとも前示1ないし3の先物取引の形態に関する限り、先物取引会社に対し、一定の信義則上の義務を課すことは、理論的には十分に可能であるというべきである。

四  被告の信義則上の付随義務違反の有無について

以上を前提に、被告の信義則上の付随義務違反の有無につき、主要な点を検討する。

1  勧誘対象の適格性

(一)  被告は、前示三1の危険な先物取引を勧誘して取引をさせるにあたっては、契約締結上の過失の法理(信義則)にも照らし、あるいはこれを押し進めて、右危険な先物取引をするだけの適格性がある者に対してのみ勧誘しなければならない。

(二)  然るに、前示二1ないし3のとおり、原告は、先物取引を繰り返すに足りる資金的余裕があったことはそもそも認めがたいばかりでなく、一般的潜在的な知力としては、一般水準以上である可能性があるが、その余の点(この種投機取引の経験のなさ及び市場経済等の分析能力、市場経済等にむしろ最も疎い職場にあること等)で十分な適格性があったとはいえない。

(三)  かえって、被告は、自衛隊員だから勧誘したこと、すなわち原告がそうした市場経済等に疎い自衛隊員であること等を知りつつ、あえてこれを利用したともいえなくない。

(四)  だとすれば、原告は普通の人よりも説明に対する理解が早かったとしてもなお(E証言)、被告は、信義則に照らし、そもそも原告に対し本件取引に勧誘すべきでなかったというべきである。

2  勧誘及び各取引をさせる際、利益を過度に強調しない注意義務及び先物取引の仕組み、危険性等を十分に説明すべき注意義務

(一)  前示三のとおり、素人は、そもそも基本的に被告の商品取引員の言葉が頼りである上、とりわけ不測の損害が発生するなど窮地に追い込まれた際には、右損失を取り返そうと焦る余り、商品取引員の指導等に縋らざるを得なくなるのが一般であるから、かかる危険な先物取引を素人にさせるにおいては、被告において利益を過度に強調し、挽回可能性を強調することは、結局多大な危険を犯させることにもなる。従って、被告は、勧誘にあたり利益を過度に強調してはならず、かつ先物取引の仕組み等や危険性を少なくとも書面及び口頭の両面から、具体的かつ十分に説明すべき信義則上の付随的注意義務がある。

(二)  ところが、確かに被告は、前示一3のとおり原告に対し、取引勧誘の最初の時点において、各種パンフレット等を交付し、かつ一定の危険の説明をしているが、しかし同時に原告に渡されたと思料される被告作成名義の乙第三号証には、目立つ赤い大きな文字で「1500倍 動き始めたパラジウム」と強調されている上、大きく利益が出るかのような内容ばかりが目立ち、危険性の点はほとんど触れられていないのであって、右は利益を過度に強調した文書である上、これを基に、被告商品取引員において、原告に取引を勧誘したことは明らかというべきであるから(前示二4)、仮に危険性をも指摘した前示パンフレット等の文書を併せて渡していたとしてもなお、全体としてみれば、利益を過度に強調したものと認めるのが相当であり、そこには信義則違反があるといえる。以上に反するD、E各証言は信用できない。

(三)  また、被告は原告に対し、各取引の勧誘に当たり、その時々の損失状況等については一応説明したものの、損が出ても続けていけば必ず取り戻せる旨説明したと認められるところ(原告本人。なお、D、E各証言)、右各時々において、この取引が失敗するとさらに損失が拡大してますます窮地に追い込まれる可能性がある旨(その時点で取引を手仕舞いすることも相当の確率がある旨)の説明があったとは何ら認めらず、しかも前示三に述べたところにも照らせば、被告ないし被告商品取引員は、個々の取引の説明に関し、損失の危険性について十分な情報提供ないし説明等をしたとは到底認られない(なお、甲第六号証によれば、取引終了後、被告の担当者はたとえ話と断りながらも、先物取引は株式とも結局は同じとしつつ「営業マンは二か月先を予測しながら・・・勧める」旨説明しているが、しかし本件の各取引に当たり、被告の商品取引員は原告に対しそもそも二、三日先程度の目先のことしか言っていないことに照らせば、右は誠実な回答内容ということはできない)。

(四)  以上に反する被告の主張は採用できない。

3  新規取引に当たり建玉を相当程度に限定すべき注意義務

(一)  前示1及び前示一のとおり、原告は、従前には株式取引はもとより先物取引の経験はない素人の適格性の乏しい者で、しかも本件先物取引期間は二か月余りであるところ、先物取引開始から三か月未満は、先物取引の仕組みを実地で理解するいわば学習・訓練期間ともいうべきものであって、この種危険性の高い先物取引を勧誘する被告としては、原告に対し、二〇枚以上の玉を建てさせないように配慮すべき信義則上の付随的注意義務があるというべきであり、右義務は、被告の内部において、自主的に運用基準を定めているか否かに関係がない。

(二)  そうした中、被告は、前示一5のとおり、取引開始後間もない平成九年七月初めに、二〇枚を超える建玉(五〇枚)をさせたのであるから結局、原告に対する配慮や注意が足りなかったことは明らかであって、信義則上の付随義務違反がある。

4  無断売買しないようにする注意義務

(一)  かかる義務は信義則以前の当然の義務であるところ、平成九年八月二一日の取引は原告は無断売買であると主張し、これに対し被告は同日の取引も原告の承諾を得てしたとし、D及びE各証言及び乙第一四号証の一五はこれに副うものである。

(二)  しかしながら、原告本人尋問の結果及び乙第三三号証、甲第六号証によれば、取引を手仕舞いしたいと何度も申し向けても聞き入れてはもらえなかったこと、乙第一四号証の一五があるとはいえ、その他同日の取引の勧誘及び原告の承諾を取り付けた具体的経緯等が必ずしも明らかにされていない。よって、右最後の取引は、被告において、原告の十分な承諾を取り付けないまま専行した可能性が高く、その意味で信義則上の付随的注意義務に違反したと認めるのが相当である。

5  無敷・薄敷にならないように配慮すべき注意義務

本件各取引について、委託証拠金が必ずしも十分でないまま建玉をしたことは当事者間に争いがない(なお乙第三三号証)ところ、委託証拠金がない、あるいは少ないのに建玉をさせる便宜を認めると、一見顧客の利益を認める様でいながらその実取引を徒らに助長する可能性もあるのであって、前示先物取引の危険性にも照らせば、かかる建玉の先行は、信義則に照らし、顧客保護という観点から許されないというべきであり、本件の場合、被告はかかる信義則上の付随義務に違反しているというべきである。

6  委託者の利益に反する向かい玉等の建玉をしない注意義務

(一)  もとより被告等の先物取引会社においても利潤追求が目的であるから、自己玉を建てること自体は明白に問題があるということはできない。

(二)  しかしながら、被告においては、一方では、パラジウムにつき、ほぼ確実に利益を上げている(そして通常一般的には、少なくとも損をし続けない、拡大させないだけのノウハウがあると思われる)のに、他方、顧客、少なくとも原告は、委託手数料のマイナス分を度外視しても、ほとんど損失を被るばかりであった(なお、甲第八号証。因みに、被告会社内では、投資部門と顧客部門とは組織上分離されているとはいえ、被告にとって、自己玉による利益は、委託手数料による利益とともに、重要な収益源をなしていると思料される。)

(三)  以上に照らせば、特段の事情や極めて合理的で明確な反証等がない限り、被告は、少なくとも原告に対しては、自己玉を建てる場合と原告に建玉を勧める場合とで、相異なる対応をしたり、あるいは、少なくとも損だけはさせないように配慮するという意味での誠実さや注意を欠いた対応をした疑いがあるといえ、結局、被告は信義則上の付随義務に反して各取引を勧めていたというべきである(しかもそうだとすれば、原告のように、如何に何度も電話をするなどして商品取引員に尋ねたとしても、誠実な回答や指導を得ることができるかも甚だ不確かなものとなろう)。

7  取引終了段階における注意義務

委託者と商品取引員との前示三の関係に照らし、委託者の利益のためにも誠実に行動すべき商品取引員としては、委託者が少なからぬ損を計上し、取引終了を希望するようになったのであれば、委託者に損害回復の見込みがある旨の無責任な言い方をして、取引の継続や取引の拡大を勧めるようなことがあってはならないところ、本件においては、原告本人尋問の結果、甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、被告においてかかる信義則上の付随義務に違反したことが認められる。

8  まとめ

以上の諸点を総合し、かつ前示高度の注意義務に照らせば、その余の原告の主張を判断するまでもなく(特定売買比率、売買回転率、委託手数料化率等についても、如何なる定義によるかは別として、右注意義務に照らし、問題である疑いがある)、被告は、一連の信義則上の付随義務違反があることは明らかであり、よって、原告の被った損失につき損害賠償する責任がある。

五  過失相殺について

1  原告は、この種詐欺的な先物取引、とりわけ本件の原告の場合については、そもそも過失相殺は適用になるべきではないとする。

2  しかしながら、当事者間に生じた損害の公平な分担という理念に照らせば、過失相殺の程度は別としても、損害の妥当かつ実質的な、きめ細かい調整のためには、やはり一般的に過失相殺という手法が採られて良いし、また一定の場合に限るとはいえ、もし仮に過失相殺の法理の適用を最初から否定するとなると、この種事件における被告の過失についての立証は極めて厳しいものになるか、あるいはその正反対に、いわゆる結果責任的な責めを負わされる羽目になるなど、裁判の結論が両極端となったりし、結局妥当な紛争解決がはかりにくくなるおそれもある(なお、被告は過失相殺の抗弁を明示的には主張していないが、裁判所において右判断ができることはいうまでもない)。

3  そこで、本件における過失相殺の程度について検討するに、被告は、前示のとおり、原告に対し、一連の各信義則上の付随義務違反をした違法があり、とりわけ原告は、b大学卒業後相当長期間、自衛隊という、激動する市場経済の世界はもちろん一般社会等からもむしろ隔絶されたいわば閉鎖的な特殊社会(原告本人によれば、いわば運命共同体的な、仲間を信頼しなければそもそも成り立たない世界)に生きてきた者である上、被告は原告がそうした自衛隊員であることを知りつつ、敢えて「面白い」相手であるとして当初から狙いを定めていた(しかも原告のそうした点や置かれた立場、前示境遇、心理状況等を利用するかのように「私を男にして下さい」とも申し向けた。)。

しかしながら、他方、本件取引の場合、確かに被告には信義則上の義務等が課せられ、かつ現に被告商品取引員の勧誘等には一連の問題があったとはいえ、右取引の委託が基本的に原告の自由なる意思に基づくべきこと自体は否定できない上、原告は、b大学を卒業し、その知的水準はやはり高い部類に属するといわざるを得ないばかりか、自衛隊内部においても(出世の有無は別として)一定の責任ある立場にあるところ、現に本件取引の中途において、被告の態度等に不審の念を抱くに至ったのであり、かつ自ら被告会社等に何度も電話をかけて問い合わせるなどの積極的な行動を現に取っているのであるから(原告本人)、かかる能力等のある原告としては、少なくとも智慧ある有力な第三者に問い合わせて適切な助言を得るなどすることはできたといえ、そしてそうすれば、もっと早期の段階で取引を手仕舞いすることもまた、必ずしも不可能ではなかったともいえなくない。

4  まとめ

そうすると、本件の場合、過失割合は、結局、被告側が八割、原告が二割であると認めるのが相当である。

そして、原告の損害は、前示一7のとおり、金五五九万四五五二円となるところ、このうちの八割である金四四七万五六四一円(一円未満切捨て)につき、被告は賠償責任を負う。

六  被告の不法行為責任

1  以上によれば、被告の原告に対する信義則上の付随義務違反という債務不履行責任が認められるが、これまで逐一各述べてきた右債務不履行責任を構成し支える事情は、まさに被告の不法行為責任における過失の有無及びその内容等を論ずる場合においても、実質的には全て当然に妥当するものと認めるのが相当である。

2  すなわち、原告と被告とでは、この種パラジウムの先物取引につき、専門的な能力の違いがある上、原告の取引期間中、原告は被告商品取引員の指示と助言を受けながら、両者の損益状況は際立った対照を見せていること、被告は、原告に対し、利益を過度に強調し又は損失の危険性につき十分な説明をしていないこと、自衛隊員等の前示立場・境遇等にある原告を「面白い」相手であるとして先物取引に勧誘した上、大学入学を控えた子ども違がいて実際は運転資金に乏しいことを知りながら、取引開始後間もなく五〇枚もの多数の建玉を建てさせたこと、原告の願いを十分に聞き入れず取引を止めさせようとせず、挙げ句には無断売買もしたこと等々、被告の債務不履行責任及び過失相殺の箇所で述べてきた全ての事柄が、被告の不法行為責任を肯定すべき過失の内実等を構成し支えるものと認めるのが相当である。

七  まとめ

結局、前項の被告の損害賠償責任に関し(金四四七万五六四一円)、弁護士費用は、金四五万円が相当である。

従って、被告は原告に対し、合計金四九二万五六四一円の損害賠償責任を負う。

八  結語

そうすると、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、金四九二万五六四一円及びこれに対する本件不法行為の日の後であることが明らかな平成九年八月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、仮執行宣言につき同法二五九条一項を適用して(訴訟費用につきこれを付すのは相当でない)、主文のとおり判決する。

(裁判官 早川真一)

<以下省略>

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